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魔法科高校の暴女王《メルゼシア》

原作: 魔法科高校の劣等生 作者: ジョナサン
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入学編8

 魔法科高校の部員争奪戦は激しい。部活動の盛んな学校なら、多少強引な勧誘は当然のごとく行われているが、魔法科高校のそれはレベルが違う。

 理由を探れば、魔法競技というマイナースポーツの存在に行き着く。
 魔法師以外には参加どころか練習さえできないのだから、必然的にライバルは同じ魔法師になる。そして魔法科高校は遊びの場ではない。国家の貴重な戦力を養成する教育機関だ。そこでの成績は、あまりにもあからさまに今後の人生を分ける。
 より成果を出せる部活に入りたいと思うのは当然だし、部活のほうも、特に魔法競技ともなれば強力な魔法師をなにがなんでも採りたい。たとえ校則に違反してでも。

 そんなわけでこの時期の魔法科高校の治安は著しく悪化する。そして学校という特殊な環境のため、警察力はあまり頼りにできず、生徒の自治力が試されるのだ。
 急遽風紀委員に任命された司波達也がいきなり実戦投入されたのも、入学早々に巻き起こるこのイベントの運営のためだった。
 どう考えても新人にいきなり任せるような仕事ではないが、そもそも十人かそこらの人数で沸き返る学校を統制すること自体、現実的ではないのだ。
 制度の不具合による戦力の不足を、現場の奮闘でどうにか補う。補えてしまうので状況は一向に改善されない。学び舎といえどしょせんは社会の縮図か、と達也は頭の中でため息まじりにひとりごちる。

 だが不満はあっても外に出すことは無い。もちろんサボることもなく校内を巡回する。
 与えられた任務に忠実であるのは、彼自身の習性によるものだったが、文句の一つも口に出さないのは、隣にエリカがいるためだった。友人とはいえ一般の生徒に役員としての愚痴はぶつけられない。

 そんな達也の苦い内面と同じか、あるいはそれ以上にエリカも疲れ切っていた。なにしろ今行われているのは
奴隷市場もかくやの人間争奪戦である。
 そこに活発そうな雰囲気の美少女を放り込めばどうなるか。血の気たっぷりの肉をピラニアのいる川に落とすような惨状だった。
 もみくちゃにされるエリカをどうにか引っ張り出して、狂乱する群衆から距離を取る。人が多すぎる場所をさけていくと、体育館にたどり着いた。
 第二小体育館、通称『闘技場』は、その名の通り武道系のクラブが使用することが多い。そのため訪れる人も絞られてくる。
 この時間に行われていたのは剣道部の演武だった。何組かに分かれて試合形式で技を見せている。
 さすがに全国から選り抜かれただけあって、魔法を使わない競技であっても平均のレベルが高い。エリカは見栄え重視の派手な技のぶつけ合いが気に入らないらしかったが、達也はそれなりに興味深く観戦していた。
 風向きが変わったのは、一人の女子生徒が引き出されてきた時だった。どうやら新入生のようで、自前の剣道着も持っていない。まだ中学生と言われても違和感のない小柄な少女。光の加減では青白くも見える長い髪を流していた。

「あれって夜科?」

「みたいだな。入部するのか?」

 少し意外に思う達也。そこまで人となりを知っているわけではないが、素直に勧誘されるような人物でないことは、数日近くにいただけでも分かる。だが紫は借りてきた猫のように、大人しく先輩の女子に手を引かれて競技場に上がっていた。
 


 壬生沙耶香は焦っていた。もともと強引で思い込んだら一直線の性格ではあるが、それでも普段の彼女なら説明の時間を取るくらいの気配りはできていただろう。
 魔法競技に比べれば人気の無い剣道部に、思わぬ拾い物が舞い込んだことが、彼女の理性を損ねていた。

「それじゃあ夜科さん、ちょっとだけ試合をしてみない?大丈夫、打ち込んでくるだけでいいから」

 嬉々として面をかぶせ、防具をつけていく。既成事実を作って逃げづらくさせようという意図もあるが、可愛らしい女の子を着せ替えることもあってか、手つきがお人形遊びのようだ。
 紫は粛々と従っている。本当に人形のようだった。

「竹刀で面と、胴を打てばいいのね?」

 最低限の、いや明らかにもっと質問すべきだろうが、それだけ確認をとる。素人丸出しだ。他の部員たちが心配そうに沙耶香を見る。
 沙耶香はにっこり笑って頷いた。

「ええ。細かいルールなんて後から覚えればいいから、今は思いっきり打ってきて!」

 部員たちの心配も当然だ。沙耶香は全国二位の実績を持ち、今もなお成長を続ける同年代有数の実力者である。手加減はできるだろうが、初心者相手なら気合一発で腰砕けにしてしまいかねない。
 そんなことでこの妖精じみた見学者を逃がしてしまえば、損失は計り知れない。男子部員はあからさまにがっかりしている。
 だが沙耶香に不安は無い。むしろ正体不明の武術を探ることに対し、子供のような興奮を覚えていた。

 準備が終わり、互いに礼をして、構える。沙耶香の構えはオーソドックスな正眼。対して紫は、居合のように腰を深く落とし、切っ先を後ろに下げていた。
 もちろん剣道のものではない。審判役の三年生がちらりと沙耶香を目配せ。沙耶香は問題ないと首肯した。
 合図がかかる。沙耶香は相手の出方を見るため、まずは防御に集中しようとした。

「ああ、あと」

 紫がついでのようにつぶやく。あまりに軽い調子だったので、試合開始が告げられたにも関わらず、沙耶香の意識がそれる。

「別に、手加減はいらないわ」

 猛烈な一閃が沙耶香を襲ったのは、その言葉が届くのと同時だった。


 
 
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