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魔法科高校の暴女王《メルゼシア》

原作: 魔法科高校の劣等生 作者: ジョナサン
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入学編1

どんなに時代が移り変わっても、春という季節が始まりを示すのは変わりない。散った桜が埋める道を、新品の制服に身を包んで歩く少年少女。

しかしそこには明らかな違いがある。胸に咲く花弁。その有り無しによって、生徒の中に見えない壁のようなものができている。
それは魔法師としての素質の有無を峻別する刺繍。一科生と二科生。ブルームとウィード。正規と補欠。本来平等たるべき学生を非情に別つ印であった。

もっとも、その違いを意識して卑屈にも傲慢にもなるものがいれば、そうでないものもいる。ちょっと異様なほど仲むつまじく並んで歩く兄妹は、後者の筆頭であろう。
女でも二度見、男に至っては五度見しそうな美少女に、整ってはいるがそれ以上の感想は浮かばない少年。妹の方はどこか不機嫌そうであったが、それさえ愛くるしく感じさせる。

「何故お兄様が補欠なのですか?入試の成績からいって、本来なら私ではなく、お兄様こそ総代を務めるべきですのに!」

「深雪、俺の実技成績は知っているだろう?自分じゃあむしろよく受かったと思っているよ」

どうも妹の方は自身が兄を差し置いて入学生総代を務めるのが気にくわないらしかった。冷静に反駁する兄に、ますます興奮して食って掛かろうとする。
その後ろから声が飛んだ。

「どいて」

二人とも同じタイミングで後ろを見やる。ここばかりは兄妹らしい。
冷たく命令したのは、これも新入生の少女らしかった。美少女、と言っていいだろう。しかし深雪と呼ばれた少女とはタイプが異なる。

毛先が青白く透き通るほど細い黒髪。その下から発する眼光は刃物じみた鋭さで、険たっぷりの表情がそれを加速する。絶世の美貌を持つ深雪に対し特に何の感想も抱かないのか、どこか遠くを見るような目をしていた。

「どいて、邪魔」

また言う。確かに二人とも道の真ん中を歩いてはいたが、それはまだ入学式二時間前の早朝だからである。人影はまばらなのだから、少しよければ済むことだが、それさえ億劫らしい。
深雪は少し鼻白むが、兄、達也の方は気にしない。話している分ゆっくり歩いていたので、邪魔になったのだろう。軽く頭を下げ、一歩横にどく。

少女は礼もなく、そのまま歩き去って行った。その胸に花は無い。ウィード、二科生である。平均より低めの体躯に比べ、驚くほど早足であった。

「……ああいう方もいるのですね」

深雪はむしろ感心していた。彼女は自身の美しさを誇りはしないが、それが持つ力は理解している。普通なら多少気圧されはするはずだ。
まして一科生と二科生。話しかけることすらためらわれても仕方ない。そんな常識を頭から無視して傲岸に振る舞う少女に、深雪は一周回って好意さえ持った。

「ああ、深雪がお姫様なら、あっちはさしずめ女王というところか」

「えっ。そんな……。お兄様ったら私がお姫様だなんて……」

達也の感想が乙女の琴線に触れたのか、深雪がしばしトリップする。もちろん達也は単に当てはめやすい語彙を選択しただけなのだが。
麗らかな春の日差しだけは、人種に関係なく降り注いでいた。







ベンチに腰かけ、春風が髪をなぶるにまかせて本を読む。古びて黄ばんだ文庫本は、細い指先を柔らかく受け止める。
強い陽光を遮るためか、少し暗い色のレンズが嵌まった眼鏡をかけて、少女は冊子をめくる。
冷たい印象を与える瞳も、この時ばかりは弓なりに細められて、機嫌の良い猫のような雰囲気である。
VRの発達したこの時代において、物理書籍はもはや大きいアクセサリーの位置付けにあったが、彼女にとってはまだまだ実用に足るらしかった。

途中から読み始めたのか、すでにページは後半部まで開かれている。読み終えても余裕をもって入学式に向かえるだろう。邪魔さえ入らなければ。
しかしそういう時にこそ茶々が入るものだ。文庫本の端に影が差す。人の頭部の形。髪がなびいている。女だ。

「珍しいですね。書籍を読む方はたまにいますけれど、本まで持って来た人は初めて見たわ」

隠すことのない腹立ちを乗せた顔を上げる。立っていたのは小柄な少女よりもまた一段小さな女学生。だが成熟した立ち振舞いから、新入生ではないと分かる。上級生だとすれば、入学式に出る必要がある役職に就く者か。
答えは微笑みを湛えた口から出た。

「第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」

明らかな隔意に気づかないのか、あえて無視しているのか。まばゆい笑顔を向ける。
読書を邪魔された少女は表情で不愉快と書いてはいたが、相手の自己紹介に応える育ちの良さはあったらしい。ぶっきらぼうながら敬語で返す。

「……夜科|紫《ムラサキ》です」


真由美の目が驚愕で丸くなった。その名前を反芻し、ムラサキの胸元を注視する。
そこには何もない。何もないがあり、それが驚愕の原因であった。

「夜科さん?新入生の?」

分かりきったことを聞く。紫は不審がりながらも頷く。真由美の困惑は加速したようだった。

「その、失礼なことを聞きますが、制服に間違いがありませんでした?」

事実無礼な物言いである。ほとんど愚弄と思われても仕方がない。真由美の振る舞いから見て、間違いとは一科生の証たる胸の八枚花弁が無いことであろう。

ただでさえ補欠の地位に甘んじる者に向かって、わざわざ間違いではないかなどと言うのは、嫌味ととらえられて当然の言い草。
だが紫の方は、突然妙なことをのたまう生徒会長を怪しみはしても、怒りや僻みを感じた様子はなかった。

「合ってると思いますけれど。合格証書にも二科生として、と書いてありました」

そこで真由美も問うた相手を間違えたことに気づく。自身が二科生に選ばれた理由など、いち受験生に分かるはずもない。

「あ、ごめんなさい。変なことを聞いてしまって。……でも、おかしいわね。筆記3位、実技2位のあなたが、その、二科なんて。職員室でも、こんなレベルの高い筆頭争いは初めてだと賑わっていたのに」

あわてて言葉を継ぐが、紫はこてんと首をかしげるばかり。そんな事を自分にいわれても、といったところだろう。
そんな仕草に先ほどまでの狷介さは存在せず、むしろ児童のようであった。

「失礼します」

話すのが面倒になったのか。紫は会釈も無しに一言残して歩き去る。
その背中に声をかけようとする真由美。しかしアンバランスなムラサキの振る舞いに調子を狂わされてか、普段は滑らかな舌が動くことはなかった。
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