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魔法科高校の暴女王《メルゼシア》

原作: 魔法科高校の劣等生 作者: ジョナサン
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入学編5

魔法科高校一年・司波達也の朝は早い。時計が6時を回る前には覚醒し、身支度を整えている。十代の早起きは健康や集中力に悪影響を及ぼすそうだが、達也は気にも留めない。彼はそういうふうにできていたし、そう望まれてもいた。
 妹の深雪も早寝早起きだが、流石にこの時間帯にはベッドの中。騒がしくならないよう、自然に足音を殺して玄関を出る。特別な事情でもない限り、これが達也の日常だった。

 魔法によって加速をかけながら、普通なら車を走らせる距離にある小高い丘まで駆ける。登った先には、郊外にあるにしてはやけに立派な山門が構えてあった。もちろん、達也が特別信心深いわけではない。さらに言うなら、この寺自体がまともな宗教施設ではないのだ。
 開きっぱなしの門を抜けるや、坊主らしいのは頭だけの屈強な男衆に囲まれる。次々に繰り出される拳脚を捌き、切って落としつつ進むと、死角から朧気な気配。
 達也はそれにさえ反応し、身を低くしていた影を踏みつけるように蹴った。
 手応えは無い。達也も期待してはいなかった。この程度で同行できる相手ではないのだ。

「いやあ、日に日に進歩しているねえ。いつ追い抜かれるのかひやひやするよ」

「冗談はよして下さいよ、師匠。まだろくに触れもしないんですから」

 からからと笑う僧侶。身なりは雲水のそれだが、まとう雰囲気はやたら軽薄だ。年齢をつかみづらい男だが、その軽さのためか、門人の中でも若手に見えてしまう。
 しかし、このチョイ悪ふうの三枚目こそ、この寺の主人にして古来の忍びの業を極めた達人。魔法が一般化した社会でもなお希少な”忍術使い”、九重八雲であった。

「ははは、まだ引き出しの数で誤魔化せてるだけさ。忍びの技には一発芸じみたものも多いからねえ」

「その一発がいくつあるのか見当もつかないんですが……」

「ははは!そりゃあ全部知られたら百年目だ!ま、おいおい分かってくると思うよ。達也くんは真面目だからね。たゆまぬ鍛錬こそがなによりの才能さ。……ところで、今日はほかに用事があるって顔だねえ」

 読まれていた。もちろん達也はいつも通りの無表情だったが、人間心理の裏側を忍び歩く師匠にとっては、口ほどにものを言っているも同然だったらしい。
 表情筋を引き締めなおして頷くと、八雲は門弟たちを下がらせた。中庭に早朝の静けさが戻る。

「それで?調べれば分かる程度の知識なら、僕に教えられるようなことはないけどねえ」

「夜科、という名字に聞き覚えはありませんか?」

 質問を発した時、八雲の動作が少しばかり遅くなった。いつも笑っているような目で、表情から感情を読み取りにくい男だが、瞳の奥が鋭さを増したように見える。

 魔法師にとって、名字というのは重要な意味を持つ。魔法の才能は特に血統に左右されるためである。特に数字を含む名、数字付きと呼ばれる系統は、一種貴族的といっていい扱いを受けることさえある特別な集団だ。
 達也はその家系のほぼ全てを記憶している。誇張ではなく、多少名の知られている魔法師の家ならば、その得意とする魔法や主な生業も含めて全部だ。
 それでも完璧ではない。本当に無名の家までは流石に覚え切れないし、公表されていないような、裏に属する者たちへの知識は少ない。あえて教えられていない部分もあるのだろうと、達也は薄っすら気づいていた。皮肉なことに、今の達也にとって最も身近で最も厄介な敵は、自らの家族に他ならないのだ。

 珍しく口ごもった八雲に視線を注ぐ。彼が夜科という名を知らない可能性は薄い。いくら軽薄そうに振舞おうとも、伊達に忍びをやっているわけではないのだ。あるいは彼にさえ語るのを憚らせる闇があるのなら、その片鱗をも見逃すまいと神経を集中させる。
 しかし、緊張の時間はあっけなく終わった。

「そうか、達也くんはまだ聞いたことが無いのか」

「有名なんですか?」

大いなる秘密を隠す口ぶりではない。演技かもわからないが、どちらかといえば子供にサンタクロースの所在を聞かれた時のような。純粋さを喜びつつも、どうしたものかと困っている顔だった。

「有名といえば有名だねえ。ただ広く知られているかというと……。まあ一種の伝説みたいなものさ。荒事で食べていると、どこかからともなく伝わってくる。そんな話さ」

「まだ話せない、ということですか?」

 八雲がニヤリと笑む。いつもと同じ、胡散臭い笑顔だ。

「ま、そういうことになるねえ。なあに、急がなくとも大丈夫さ。夜科の者なら、君に危害を加えることも無いだろう。それに、達也君の周りはいつも騒がしいからね。案外すぐに名前の意味も分かると思うよ」

「まるで人が疫病神みたいに言いますね……」

「ははは!そう悲観しなくても、達也君なら大丈夫さ!」

 達也の文句を、八雲はあえて否定しようとはしなかった。

「まあ、それでも師匠としてヒントくらいは出すよ。”メルゼー”だ」

「メルゼー?」

 日本語の響きではない。しかし欧米・アジアの主要国の言語にも、そういった単語は思い当たらなかった。
 となれば何らかの固有名詞か。音節の短さからして、複雑な意味を持つものではない。

「誰かの、名前ですか?」

「まあ、そんなところさ。王様の名前だよ」

「王」

「暴王、あるいは悪魔。そういう類の、伝説さ」

 言うべきことは言い終えたのか、八雲はくるりと足を返して本堂へと戻っていく。

「今日の稽古はこのくらいにしておこう。情報収集も重要な忍びの技だからね。これは宿題さ。頑張ってくれたまえ」

 今思いついたに決まっている口実を残して、僧形はふらりと消えた。
 勝手なものだと、達也はため息をつく。それでも師匠は師匠。与えられた課題をこなすために、達也も学校へ向かうため坂道を下りる。
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