不穏
時の政府に到着すると、私の担当職員が出迎えてくれた。
黒く長い髪を一つに束ね、凛とした雰囲気を持つ彼女は、仕事ぶりも優秀でいつもお世話になっている。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。」
「いえ、なかなか報告にあがれず申し訳ございません。」
挨拶もそこそこに、そのまま、普段は使わない応接室に通される。
この部屋は確か完全防音で、普段は相当偉い役員などの会議で使われているはず…。
今回の事件はそれほどまでに重要な事案ということ…?
「それでは、まず報告を受けてもよろしいですか?」
「あ、はい…。」
私は、襲撃のこと、彼女のこと、自分の覚えていること全てを詳細に報告した。
「ふむ…」
報告を聞いた担当職員は顎に手を当て、何かを考え始める。
「…どうかいたしました?」
「その審神者様も透過現象が起きていたのですね?」
「そうです。私より進行しており、首から下は透けていました。」
「そして、最期は消えてなくなったと…」
担当職員は更に思案し始める。
しばらく考えていたかと思うと、はっとした様子でこちらを見る。
「お待たせしてすみません。まだ、話したいことはあるのですが、面会者を待たせているのでそちらから済ませましょう。面会者を読んできますので少々お待ちください。」
そう言うと、担当職員は足早に部屋を出ていってしまった。
バタンと扉が閉められたあと、部屋には静寂だけが残された。
何かあったのだろうか…。
一人で来るよう指定があったこと、いつもは使わない防音の部屋、担当職員の反応…。
気になる点は幾つもあるが、考えてみたところで何も思いつきはしない。
そこにトントントンとノックが聞こえた。
感覚が短く、強い音のそれは何処か苛立ったような印象を受ける。
そして、私が返事をする前に入ってきたのは…
「薬研様?」
薬研藤四郎であった。
自本丸の刀剣は霊力により見分けがつくが、他本丸の刀剣を見分けるのは至難の業だ。
だが、彼の目を見て、私は確信する。
彼女の本丸の薬研藤四郎だとーー。
どの本丸でも普段は冷静沈着な薬研だが、今回は些か様子がおかしい。
眉を顰め、拳を握り、私の目の前にやって似た彼は、ドカッと目の前の椅子に座り、私の目を見据える。
そして…
「あんたは俺の主を覚えているか?」
そう言い放った。
「?」
言っている意味がよく理解出来ない。
突然のことに言い淀んでいると…
「襲撃事件の時に俺の主と一緒にいただろう。その事を覚えているか?」
机に手を付き、こちらに顔を寄せて、先程よりも強い口調で追求してくる。
彼の瞳からは焦りが窺えた。
「…ええ。彼女のことは忘れられません。」
「私が殺してしまったようなものですから…」
彼は私を恨んでいるのかもしれない。
ここで彼に斬り殺されてようとも構わない。
私の思いとは裏腹に、薬研は私の言葉を聞くと安心したようにふうっとため息をついた。
「…そうか。」
そして、薬研は机越しに前のめりになっていた身体を再び椅子に預ける。
そして、両手で顔を覆い、天井を仰いだ。
「…何があったのですか?」
少しの間が空き、顔を手で覆ったまま彼は答えた。
「誰も主のことを覚えてないんだ。」
「…それはどういう…。」
「俺っちだって何もわからねぇ…。ただ、本丸の奴らも、政府でさえも主のことは知らねぇって言いやがる!」
彼女のことが隠蔽された?
いや、それだと本丸内の刀剣たちが彼女を覚えてないことが説明できない。
「いきなり現れた知らねぇ男がもともと主なんだと!俺たちの本丸の主はあいつなんだと!何が起こっているのやらさっぱり理解出来ねぇ!!」
新たな主とやらの呪術?
本丸全体にかかるならまだしも、なぜ薬研だけが覚えているのかわからない。
「一体どうなってるんだ!!」
話しながら興奮したようで、薬研は机をドンっと叩く。
ミシリと机がきしむ音がした。
そして、そのまま机に突っ伏する。
「俺っちも可笑しいんだ…。」
ぽつりとつぶやく薬研の顔は見えない。
「日に日に主のことを忘れそうになる…。
俺が…俺が守れなかったのに…。」
薬研の肩は震えていた。
「薬研様…。」
「俺が…」
そして、薬研の言葉がやみ、肩の震えが止まった。
私の背中にじとりと嫌な汗が流れた。
「…俺はなんでここにいるんだ?」
そこには悲しさに打ちのめされる薬研はもう居なかった。
「…あんたは誰だ?」
薬研が顔を上げた。
目は赤くなり、頬には透明な雫が伝っていたが、彼は不思議そうな顔でこちらを見ている。
私は理解してしまった。
彼もまた、彼女のことを忘れてしまったのだとーー。
黒く長い髪を一つに束ね、凛とした雰囲気を持つ彼女は、仕事ぶりも優秀でいつもお世話になっている。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。」
「いえ、なかなか報告にあがれず申し訳ございません。」
挨拶もそこそこに、そのまま、普段は使わない応接室に通される。
この部屋は確か完全防音で、普段は相当偉い役員などの会議で使われているはず…。
今回の事件はそれほどまでに重要な事案ということ…?
「それでは、まず報告を受けてもよろしいですか?」
「あ、はい…。」
私は、襲撃のこと、彼女のこと、自分の覚えていること全てを詳細に報告した。
「ふむ…」
報告を聞いた担当職員は顎に手を当て、何かを考え始める。
「…どうかいたしました?」
「その審神者様も透過現象が起きていたのですね?」
「そうです。私より進行しており、首から下は透けていました。」
「そして、最期は消えてなくなったと…」
担当職員は更に思案し始める。
しばらく考えていたかと思うと、はっとした様子でこちらを見る。
「お待たせしてすみません。まだ、話したいことはあるのですが、面会者を待たせているのでそちらから済ませましょう。面会者を読んできますので少々お待ちください。」
そう言うと、担当職員は足早に部屋を出ていってしまった。
バタンと扉が閉められたあと、部屋には静寂だけが残された。
何かあったのだろうか…。
一人で来るよう指定があったこと、いつもは使わない防音の部屋、担当職員の反応…。
気になる点は幾つもあるが、考えてみたところで何も思いつきはしない。
そこにトントントンとノックが聞こえた。
感覚が短く、強い音のそれは何処か苛立ったような印象を受ける。
そして、私が返事をする前に入ってきたのは…
「薬研様?」
薬研藤四郎であった。
自本丸の刀剣は霊力により見分けがつくが、他本丸の刀剣を見分けるのは至難の業だ。
だが、彼の目を見て、私は確信する。
彼女の本丸の薬研藤四郎だとーー。
どの本丸でも普段は冷静沈着な薬研だが、今回は些か様子がおかしい。
眉を顰め、拳を握り、私の目の前にやって似た彼は、ドカッと目の前の椅子に座り、私の目を見据える。
そして…
「あんたは俺の主を覚えているか?」
そう言い放った。
「?」
言っている意味がよく理解出来ない。
突然のことに言い淀んでいると…
「襲撃事件の時に俺の主と一緒にいただろう。その事を覚えているか?」
机に手を付き、こちらに顔を寄せて、先程よりも強い口調で追求してくる。
彼の瞳からは焦りが窺えた。
「…ええ。彼女のことは忘れられません。」
「私が殺してしまったようなものですから…」
彼は私を恨んでいるのかもしれない。
ここで彼に斬り殺されてようとも構わない。
私の思いとは裏腹に、薬研は私の言葉を聞くと安心したようにふうっとため息をついた。
「…そうか。」
そして、薬研は机越しに前のめりになっていた身体を再び椅子に預ける。
そして、両手で顔を覆い、天井を仰いだ。
「…何があったのですか?」
少しの間が空き、顔を手で覆ったまま彼は答えた。
「誰も主のことを覚えてないんだ。」
「…それはどういう…。」
「俺っちだって何もわからねぇ…。ただ、本丸の奴らも、政府でさえも主のことは知らねぇって言いやがる!」
彼女のことが隠蔽された?
いや、それだと本丸内の刀剣たちが彼女を覚えてないことが説明できない。
「いきなり現れた知らねぇ男がもともと主なんだと!俺たちの本丸の主はあいつなんだと!何が起こっているのやらさっぱり理解出来ねぇ!!」
新たな主とやらの呪術?
本丸全体にかかるならまだしも、なぜ薬研だけが覚えているのかわからない。
「一体どうなってるんだ!!」
話しながら興奮したようで、薬研は机をドンっと叩く。
ミシリと机がきしむ音がした。
そして、そのまま机に突っ伏する。
「俺っちも可笑しいんだ…。」
ぽつりとつぶやく薬研の顔は見えない。
「日に日に主のことを忘れそうになる…。
俺が…俺が守れなかったのに…。」
薬研の肩は震えていた。
「薬研様…。」
「俺が…」
そして、薬研の言葉がやみ、肩の震えが止まった。
私の背中にじとりと嫌な汗が流れた。
「…俺はなんでここにいるんだ?」
そこには悲しさに打ちのめされる薬研はもう居なかった。
「…あんたは誰だ?」
薬研が顔を上げた。
目は赤くなり、頬には透明な雫が伝っていたが、彼は不思議そうな顔でこちらを見ている。
私は理解してしまった。
彼もまた、彼女のことを忘れてしまったのだとーー。
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